2013年3月25日月曜日

日本政府のウソと参加表明を許さない!―TPP交渉会合報告①


★嘘に塗り固められた安倍首相の「TPP参加表明」

  2013年3月15日、安倍首相はTPP交渉への参加表明を正式に発表した。

 その数日前から、マスメディアは「15日表明」という露払い報道の一色だった。危機感の高まる中、PARCも参画する「STOP TPP!!官邸前アクション」は、同日昼、議員会館前での「緊急座り込み行動」を提起、午後六時の安倍首相の記者会見は、議員会館で仲間や参加者とともにテレビで見ることになった。

 ここまで嘘で塗り固められ、すでに論破されてきたTPPについての誤った認識を根拠にし、国民を馬鹿にした会見は、歴史に残るひどいものであった。「政府はTPP参加後の経済効果の試算を出して国民に付す」といっておきながら、参加表明をした後に、その試算が発表されるという本末転倒ぶりも特記しておきたい。私が得たリーク情報によると、この日安倍首相は六時四五分から財界の会議にて挨拶をしなければならず、それに間に合うように会見の時間が設定され、結果的に試算は後でとなったらしい。したがって会見はもともと最大30分だけと限定され、記者の質問も途中で遮られた。国の未来を揺るがす重要な決定であるにもかかわらず、である。


2013年3月15日、議員会館前での座り込み
 会見後、私たちは緊急記者会見を行なった。どのメンバーも、そして会場で一緒に会見を見た参加者も、怒りに震えていた。TPPそのものについて、交渉について、あまりに無知であり不見識である首相は、いったい誰を向いて参加表明をしたのか。首相が何度も強調した「国益」「国柄」「美しい日本」を壊し、奪うのはまさに新自由主義に基づく自由貿易の推進であり、TPPそのものに他ならない。その現実に、私たちは最大の怒りを持って抗議声明文を読み上げた(註1)。

 

★シンガポールTPP交渉会合へ
安倍首相の「TPP参加表明」直後の記者会見
 
 首相の言葉が空疎であるのは、もう一つ大きな根拠がある。

 日米首脳会談後の二月末から三月初旬にかけて、東京新聞などのメディアでは「遅れてTPP交渉に参加したカナダやメキシコは、不利な条件をのまされて入った」という報道が続いた。つまり、交渉に参加するまでは条文テキストも見ることはできず、すでに決まった項目(分野)については議論を蒸し返すことはできない、文言の一つも変えることは許されない、という内容だ。この報道によって、多くの人たちはTPP参加への懸念を強くした。

 もちろんこのこと自体は、日本政府も以前から「掌握」していたし、TPP反対の運動や研究者、議員らは昨年の早い段階から指摘をし続けてきた事実である。それを知りながら、しかし「日本はルールメイキングに参加できる」という安倍首相は、まさにピエロとしかいいようがない。

 米国にとって、あるいは他の交渉国にとって当たりまえの交渉のルール・条件について、日本国内ではまったく別の説明がされている。このことが他国にはどう映るのか。そして日本のTPP交渉参加をどう受け止めているのか。


 こうした問題意識から、私は3月4日から13日までシンガポールで開催された第16回TPP交渉会合に参加した。「参加」といっても当然日本は参加国ではないので、かねてから交流の深い米国のNGOパブリック・シチズンのメンバーとして登録をしてもらい、ステークホルダー(利害関係者)としての参加だ。他に日本人は参加しておらずメディアではNHKの在シンガポール支局駐在員だけだった。交渉会合に参加するのは参加一一カ国の交渉担当官(約300名)と、ステークホルダーが約150(200~300名)である。

 
★米国の大企業が支配する交渉会議

 さて交渉の現場では、どのような議論が行なわれているのか。ご存じのとおり、TPP交渉は完全な秘密裡に行なわれる。他の貿易協定交渉と比べてもその密室性は際立ち、加えて特に米国の大企業の関与と支配のもとで進められている。例えば、米国の国会議員ですら条文テキストを見ることができないのだが、米国には貿易協定に関する「アドバイザー制度」なるものがあり、アドバイザーとされた約600の米国大企業・団体はテキストを自由に見ることができる(この制度の詳細については改めて本ブログで発信します)。

 そして実際に私もこうした企業有利の貿易交渉の実態をこの目で見ることができた。

 まず、ステークホルダーとは誰なのか。約150のステークホルダーのうち、8割は企業あるいは業界団体、企業連合で占められ、多くは米国企業だ。例えば穀物メジャーのカーギル、フェデックス、VISA、ナイキ、グーグル、フォード、GEなど私たちが「よく知った」企業がこぞって参加する。また「TPPを推進する米国企業連合」(米国内の大企業約100社が加盟)や、米国商工会議所、米国貿易緊急委員会(ECAT)、米国研究製薬工業協会(PhRMA)などの業界団体・企業連合も名を連ねた。登録は一団体としてだが、この背後にどれだけの企業の思惑があるのか、想像してみてほしい。

 これらの企業や団体は、会期中に一日だけある「ステークホルダー会議」の際に、プレゼンテーションやブース出展などをして、各国交渉担当官と自由に会話を交わす。会話とはもちろん「商談」である。「TPPが実現すればこれだけあなたの国に投資をします」「安くて品質のよい商品を売ります」などというのだ。もちろんこの日だけでなく、会期中、企業と各国交渉官が自由に約束して会うことも可能だ。

 実はTPP交渉の特異性はこのステークホルダー会議に表れている。WTO交渉のときでさえ、ここまであからさまに企業・企業連合が大挙してステークホルダーとして登録され、交渉会議と並行して「企業のプレゼン(=営業や商談)」をするなどということはなかった。交渉もまとまっていない、そのプロセスもまったく秘密裡にされているにもかかわらず、大企業と各国政府の間で密接な関係がつくられているのだとしたら、それはまさに、「大企業の、しかも米国の大企業のためのTPP」ということの証明だ。

 3月8日に開催されたレセプションは、なんと在シンガポール米国商工会議所の主催だった。なぜ、議長国でもない米国の、しかも商工会議所が大々的にこのような場を開くのか。招待状には「すべての交渉国の主要な産業ステークホルダーにお越しいただきたい。ここはTPPによる経済発展のためのネットワークと関係づくりの素晴らしい場となるでしょう」などと書かれている。冒頭のスピーチで同団体の代表は、「TPPで自由貿易をさらに促進すれば、各国の経済発展は必ず約束されている」と得意満面に語った。
 

★間接的にTPPに関与する日本の大企業

 もう一つ、大企業が促進するTPP交渉の事例をあげよう。

 交渉会合開始日の三月四日、「米国研究製薬工業協会: PhRMA」が、各国交渉担当官あてに、「知的所有権のさらなる強い保護を求める要望書」をリリースした。米国の大手製薬会社にとっては、知的所有権の確保は利潤追求のためもっとも重要な課題だ。要望書には「アルツハイマーやパーキンソン病、がんの治療薬開発にとって知財保護は必要」「研究のさらなる発展のためには知財の保護が不可欠」などと書かれている。また「知財は雇用の拡大、世界規模の経済発展、医薬品アクセスのために絶対に必要」とも書かれてあるが、実はその因果関係は意味不明である。なぜ米国を中心とする医薬品会社の知的所有権が強く守られることが、医薬品アクセスに貢献するのか。実際にはその逆である。世界中のエイズ患者が安価なジェネリック薬に頼って命をつないでいるのか、考えてみればすぐにわかることだ。

 さらにこの文書では、「韓米FTAで米国企業の市場が広がった」とまで書いてある。米国研究製薬工業協会の加盟企業は、ファイザーやジョンソン&ジョンソン、グラクソスミスクライン、ブリストル・マイヤーなどの米国多国籍企業だ。しかし日本の私たちがぜひ知らなければいけないのは、加盟企業にエーザイ株式会社や第一三共薬品株式会社などの日本企業も加わっているということだ(在米支社として加盟しているが、加盟企業リストのウェブサイトに飛ぶと多くが日本本社の英語ページへと飛ぶ)。※註2

 つまり、すでに日本企業は間接的にではあるが、米国企業・業界団体の一部として、TPP交渉の中で自らの利益を要求しているのだ。先述のとおり、大手医薬品企業の何社かは「アドバイザー」として交渉中のテキストを見ているだろう。それが米国研究製薬工業協会のような業界団体内でも共有され、日本企業も知ることになったとしても不自然ではない。

 TPPのような秘密裡の交渉においては、テキストを入手し、見ることは「勝者」の証だ。内容を知らずに交渉を自らの有利に運ぶことはできない。大きな反対の声があるにもかかわらず、日本の財界がTPP参加を一心不乱に進めようとする根拠はここにあるのではないだろうか。

 もう一つの例を挙げよう。今回の会議参加企業に米国の「クロップライフ株式会社」という多国籍農 薬企業がある。同社が世界に有するネットワークには日本の「農薬工業会」が加盟している。さらに農薬工業会のメンバーを見ると、日本モンサント、住友化学、ダウ・ケミカル日本株式会社などの名が並ぶ。経団連会長の米倉氏が住友化学の会長でもあり、住友化学は米国モンサント社と業務提携をしている事実は多くの人が知るところである。つまり、TPPという視点で日本と米国の大企業をつなぐ糸をたぐっていけば、これら企業群が次々と現れてくるのだ。この日本の大企業と米国企業との「密接な関係」についてはさらに調査を進める必要がある。

 
★重要情報リークと日本の参加問題

 日本のTPP交渉参加に関して、各国はどのように受け止めているのだろうか。すでに日本は参加表明してしまったが、その前に私が現地でつかんだ情報に基づけば、以下のようにまとめられる。日本での各報道とも符合する意見である。

「日本の参加は歓迎するが、交渉に遅滞をもたらさないでほしい。また『例外なき関税撤廃』というのがTPPの前提である」

「カナダやメキシコなど後から参加した国は当然、不利益な条件をのむ必要がある」

 そして、会合が終盤に近づいた3月10日、私たちは他の国際NGOメンバーとともに、米国の交渉担当官による「日本の参加問題」に関する大変重要な情報を、信頼できるルートからリークした。

 その担当官は、正式な交渉の場で他国に対し、「日本はもうすぐ参加表明をする。その際には、メキシコやカナダ同様、不利益な条件をのむことも合意している。もちろん決まった交渉を蒸し返すことも、文言一つ変えることも認められない。各国は七月までに日本との二国間協議を終わらせておいてほしい。日本の参加は九月の米国での交渉会合である」と述べたという。下記(太字)がその内容だ。
 
 

シンガポールでのTPP交渉会合の中で、米国の貿易担当官が、日本の交渉参加が認められるための手続きについて、他国の交渉官に対して次のように述べた。「日本は、カナダとメキシコがTPPに参加するために強いられた、非礼であり、かつ不公正な条件と同内容を合意している。つまり、事前に交渉テキストを見ることもできなければ、すでに確定した項目について、いかなる修正や文言の変更も認められない。新たな提案もできない」。さらに米国の担当官は、日本の参加表明がなされた後、参加各国は日本との二国間協議を7月までに完了させるように、との指示も行なった。つまり、日本は7月の会合には参加できず、9月の交渉会合までTPP交渉のテーブルにつくことはできないということである。9月の交渉会合は、TPP交渉国の首脳がAPEC会議にて集まり、交渉を「完了した」とサインするであろうといわれている10月の1か月前だ。しかも9月の会合は米国で持たれ、議長国は米国となるため、異論や再交渉の要求があっても、押えつけることが可能だ、と交渉担当官はいった。

 
 日本の参加表明以前に、つまり私たち国民に何の表明もなされていないこの時期に、TPP交渉の現場ではこのような協議が実際に進んでいるのである。驚きであり、何よりも屈辱的である。日本の国民はもちろん、日本の交渉官も首相もあずかり知らぬところで、日本の交渉参加についてここまで具体的な話が、米国のイニシアティブによって詰められているのだ。
 

 さて、冒頭の安倍首相のTPP交渉参加表明に戻ろう。

 首相は、「日本はルールメイキングに参加できる」と公言した。しかしそれはほぼ不可能である。少なくとも、前述のように米国や各国の交渉官はそのように認識していない。シンガポール会合の最終日、米国USTRは会合総括をリリースした。これによると、「交渉は(妥結に向け)加速し、関税、通信、規制、開発等の交渉はほぼ固まり、残るは知的財産権、競争、環境等の難問のみという(註3)。つまり大方の交渉はほぼ終盤になっているということだ。ここでもまた「今から参加して国益を守り交渉をうまく進める」という日本政府のウソが露呈している。

 さらに、日本の参加表明を受け、米国では次々と「歓迎」と「期待」と「要請」の声明が出されている。

「参加表明を歓迎するが、日本が米国からの自動車輸出や保険部門に関して十分に確約していないことを依然懸念する。交渉参加を支持するにはこれらの問題解決が不可欠」(キャンプ米下院歳入委員長)。【註4】

「日本のTPP参加は米国経済の利益になるので歓迎。しかし正式な交渉参加には政治的意志(=事前協議で米国の要求を受け入れること)が決定的に重要」(米国連邦議会上院金融委員会のマックス・ボーカス氏ら)【註5】

「日本の参加を歓迎するが、TPPはすべての産業分野の物品を含まなければならない」(=例外は認めない)」(カーギル社の声明)【註6】

 日本の参加を「歓迎」するこれら米国政府関係者や企業にとって、今回の参加表明は「単なる表明」に過ぎない。だからそれを機に、昨年から秘密裡に行なってきた日本と米国の「二国間協議」をさらに加速させるぞ、というメッセージをこれら関係者は強烈に発しているのだ。わかりやすくいえば、「参加表明しただけでTPP交渉に参加できると思ったら大間違い。本気で入りたいなら、『事前協議』にてさらに米国のいうことを呑みなさい」ということだ。具体的には、保険、自動車分野などで米国はこれまで以上の強い要請をしてくるはずである。

 日本政府は、こうした「不都合な真実」についてどう弁明するつもりなのか。国内向けには「大丈夫。しっかり交渉して日本の国益を守る」といっている。しかし交渉のテーブルにつく以前に、多くの条件を米国に差し出さなければ「入れてやらない」と、米国はいう。この食い違いは致命的であり、単なる解釈の違いという説明ではすまされない。

 私たちはこのようにすさまじく不平等であり、侮辱的であるTPP交渉参加を、何としてでも阻む必要がある。同時に、参加表明にいたるまでの日本政府のさまざまな非民主的な手続き(特に、公約を破った自民党)について、その実態を暴露し参院選に臨む必要もある。さらに、TPPに限らず、米国の政府と大企業に主権を売り渡そうと迫る新自由主義の流れそのものを食い止めていかなければいけない。反対運動は参加表明後にさらに盛り上がっている。みな、徹底的に怒っているのだ。ぜひ多くの方々とともにTPP反対運動を広げていきたい。


【註】

1▼抗議声明文:http://tpp.jimdo.com/
2▼米国研究製薬工業協会の加盟企業リスト:http://www.phrma.org/about/member-companies
3▼米国通商代表部(USTR)のTPP交渉終了後のリリース:http://www.ustr.gov/about-us/press-office/press-releases/2013/march/tpp-negotiations-higher-gear
4▼:http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPTJE92E01620130315
5▼:http://www.finance.senate.gov/newsroom/chairman/release/?id=f8d61409-d0f4-4b7c-8c7c-a5dfedf83a1c
6▼:http://www.cargill.com/news/company-statements/cargill-welcomes-japan-into-tpp-negotiations/index.jsp

 

2013年3月21日木曜日

嘘に塗り固められたTPP報道―交渉参加を米国・日本のマスメディアはどう伝えているのか






「交渉参加のために、日本にはまだ多くの『仕事』がある」。

 安倍首相がTPP交渉参加を正式に表明したのは2013315日。その直後の316日(日本時間)、米国のロイター通信はこのような見出しでニュースを配信した(★1)。


3月16日に配信されたロイター記事
 その本文はいきなり衝撃的だ。

「米国は、米国が主導するTPPへの日本の参加表明を慎重ながらも歓迎する。日本は長年にわたる米国産品に対する障壁について取り組む姿勢を示さなければならない」(傍線は筆者)。

 続く内容の要旨はこうだ。

「世界第3位の経済大国である日本の参加は、米国の輸出産業に明るい展望をもたらす。しかし日本が自動車、保険、農産物の関税に関して、米国の『関心事』にきちんと答えない限り交渉は成立しない恐れがある。米通商代表部(USTR)のマランティス次席代表によると米国はすでに一年以上も自動車、保険、牛肉などの分野で日本との『事前協議』を進めてきたが、日本のやるべき『課題』はまだ残っている。(正式な参加表明がされた後の)今後は事前協議をさらに進めていく、と語る」

 さらに紙面では、米国連邦議会上院金融委員会のマックス・ボーカス氏らの発言を紹介。日本の参加は「米国の利益になる」ので歓迎だが、同時に「正式な交渉参加には政治的意志(=事前協議で米国の要求を受け入れること)が決定的に重要」という。キャンプ米下院歳入委員長も、「日本が米国からの自動車輸出や保険部門に関して十分に確約していないことを依然懸念する。交渉参加を支持するにはこれらの問題解決が不可欠」と発言しており、これも紙面で紹介されている。 

 もちろん、米国では日本の交渉参加に難色を示す自動車業界もあり、それらの反対意見も紹介されてはいるが、むしろこれは日本への強烈なプレッシャーとして「利用」されているに過ぎない。

 要するに、「安倍首相の参加表明などは『単なる表明』。これで入れると思ったら大間違い。本気で入りたいなら『事前協議』にて米国のいうことを呑みなさい」というのがワシントンからの強烈なメッセージなのだ。平たくいえば、TPPという「ぼったくりバー」に入る前に、入口でまずはとことんカツアゲされるということだ。こんな理不尽なことがあるだろうか。

 さて、安倍首相の記者会見を思い出してみよう。

「日本の国益を守る」「関税問題では聖域を守る」と繰り返し、挙句の果てには「私を信じてほしい」と情にまで訴えた。しかし、米国の報道はその熱意とは真逆に、冷淡に「入りたいならまず誠意を見せろ」といっているのだ。また日本政府は一貫して米国との事前協議を否定してきたが、あっさりと「牛肉、保険、自動車について1年以上も事前協議を続けてきた」と書かれている。

 その他、実に多くの企業、業界団体などが日本のTPP参加表明について「歓迎」と「要求」のコメントを次々と発している。あげればきりがないが、新聞やウェブサイトから拾ってみる。

◆米国のカーギル社は「歓迎」声明をリリース。同社は穀物をはじめ精肉・製塩等食品全般、金融商品や工業品に至るまで展開する多国籍企業であるが、「TPPは全ての産業分野の物品を含まなければならない」(=例外は認めない) としている(★2)。

◆アーミテージ氏、ナイ氏らによる米国の保守シンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」は、TPPの基準を満たすため「日本は農業やサービス分野、労働市場、規制慣行で、過去進まなかった構造改革を促すものでなければならない」としている。CSISのウェブサイトには、「Why Japan Should Join the TPP(なぜ日本はTPPに参加すべきなのか)」という文書が掲載(★3)。ちなみにCSISは「日本の原発はアジア太平洋の安全保障にとって不可欠」という「指示」を日本に出している(アーミテージ・ナイレポート 2012年)。

◆日本の農産物市場を狙う「全米コメ連合会」は、コメを含む全品目を交渉対象にすることを参加の条件とし、日本にとって、米国産米の輸入拡大は必須と表明。(★4)

◆米国最大の農業団体「米国ファーム・ビューロー連盟」のストールマン会長は「TPPは包括的な協定であり、個別分野が除外されてはならない」と主張(★5)

 このすさまじいギャップを見て、「安倍さん、騙されている!」「米国は日本をはめたな。ずるい!」と思うのはあまりに無垢といえるだろう。そもそも、日本と米国の間には今回の参加表明を含めたシナリオは描かれており、安倍首相はただそれに沿って演じたに過ぎないからだ。


朝日新聞(2013年3月17日)

 米国の企業や業界団体、USTRなどにここまでいわれているという現実を、日本の多くの人は知ることができない。なぜならば、マスメディアが伝えないからだ。伝えないどころか、朝日新聞は参加表明後の317日、「TPP、米の報道控えめ」と題した記事を掲載している。朝日新聞とニューヨーク・タイムズ紙のTPP関連記事の本数の比較(20131月~316日まで)を行ない、日米首脳会談も米国では大きく扱われていない、と強調した。

しかし実際には、ニューヨークタイムズは日本のTPP交渉参加表明直後の316日、大きく記事に扱っている(★6)。朝日新聞は、同紙の「1月から316日に報じたTPP関連の記事は10本に過ぎない」と書き、内容はいっさい紹介せずに「本数」という問題にしているが、そのうちの重要な「1本」の要旨が下記である。

「日本の参加は経済的には意味があるが、参加国は交渉を遅滞されられるのではないかと懸念を持っている。農民たちは自民党政権の主要な票田であるが、TPPで農業は壊滅的な打撃を受けるとずっと反対をしてきた。安倍首相はその反対の声がある中で、TPPという自由貿易協定を受け入れるという政治的リスクを選択した。自由貿易の嵐を和らげるため、安倍首相は米国から米などの関税撤廃を除外するという『あいまいな』約束を取り付けている。しかし、交渉の中でこれらの例外を日本が主張すれば、他の工業製品の輸出など日本にとって重要な分野での市場獲得は困難になる。今後は関税撤廃だけでなく、小売りや自動車、健康などの分野にあった日本の『悪名高い障壁』を外国企業のためになくす努力が求められる。日本にとってのTPP参加は、経済大国であり軍事的なプレゼンスも増した中国と渡り合うための大きな一歩でもある。米国にとってのTPPは、オバマ政権のアジア外交の軸であり、米国の輸出拡大の手段だが、米国の自動車産業は、日本が『外国の自動車メーカーに対する閉鎖的で不公正な国内規制』を取り払わない限り、日本のTPP参加には反対するといっている」

 朝日新聞などマスメディアが、「意図的に」これらの米国の報道を無視していることは明らかだ。伝えないならまだしも、「あまり報道されていない=大した問題ではない」とまでいっていることはあまりに罪深い。しかも朝日新聞は、海外向けの英字記事は冒頭のロイターによる記事を発信しているにもかかわらず、国内向けにはこのような有様である。日本国民は英語も読めないし、情報収集能力もない、と思っているのだろうか。もちろん米国のマスメディアが本当に真実を伝えているか、という問題はある。しかし少なくとも、今回のTPP報道で見る限り、米国は自国の「利益」を最大に主張している。

なぜ日本のマスメディアは米国側の報道の中で読み取れる意図を伝えないのか。答えは簡単である。いったんこれらが明らかになれば、農業団体はもちろん多くの反対の声はさらに高まる。安倍首相が操り人形だということが露呈する。国会でも野党はもちろん、自民党内からも反発は出るだろう。そうなれば財界やワシントンと利害を一致させているマスメディアも「困る」からである。

 このすさまじいメディア状況の中で、私たちは「政府に不都合な真実」を常にキャッチし、読み解いていかなければならない。それがTPPを葬り去る最大の手段であるからだ。


 


 

2013年3月9日土曜日

TPP交渉ウォッチ vol.4 国際NGOの活躍―たばこ規制問題に取り組む マリー・アスンタ・コランダイさん

 今回も引き続き、第16TPP交渉会合が行なわれているシンガポールからお伝えしたい。

 会期中、アジア太平洋地域11か国の交渉担当官がここに集まり、膨大な数の交渉分野について9日間をかけて交渉を行う。TPPがカヴァーする分野だけでも30近くあるため、交渉担当官の総数だけでも200名近くに及ぶ。米国やオーストラリア、カナダ、そしてホスト国(今回はシンガポール)は多数の交渉チームを派遣しているが、ブルネイやベトナム、チリ、メキシコなどの国の交渉担当官の数は相対的に少ない。

 そして、この交渉の舞台にて活躍をするのが国際NGOの存在である。私自身も、今回はその一人として参加している。

 日本はまだ交渉参加国ではないため、当たり前だが「交渉参加国のステークホルダー」にはなれない。が、これまで15回重ねられてきた交渉に、交渉参加国の市民社会を代表するNGOや各種団体は根気強く参加し、常に交渉の動きをウォッチしてきた。

 米国のNGO、パブリックシチズンからはロリ・ワラックさんを含め2人が参加。同じく米国のNGO「KEI」はインターネット上の権利や知財関係の専門だ。ニュージーランドからはジェーン・ケルシーさん、マレーシアからは消費者団体、Third World Network、タイのFTAウォッチ、Oxfamなどである。

 その中の一人、NGO「東南アジア・たばこ規制連合(Southeast Asia Tobacco Control Allaiance: SATCA)」(http://seatca.org/)の政策担当マリー・アスンタ・コランダイさんにお話を聞いた。

マリーさん
 マリーさんは、たばこのもたらす害と、貿易問題を20年以上ウォッチしているNGOのベテランだ。大学で教師をしていたこともある。TPP交渉への参加は今回で4回目となる。国籍はマレーシアだが、現在はオーストラリア・シドニーを拠点に活動をしている。「東南アジア・たばこ規制連合」の活動は、たばこが人体にもたらす害悪(間接的な喫煙を含めた二次被害も含めて)を社会的に訴え、たばこを社会からなくす運動が基本だ。そしてもう一つの側面が、たばこの「貿易」「知的所有権」にからむ問題だ。これがマリーさんがTPP交渉に根気強く参加している大きな理由である。

TPPがカヴァーする領域の中で、たばこは、知的財産や物品の貿易など約10の分野に関係してくる品目です」

 現在の日本のTPP反対のネットワークの中には、たばこ規制の問題に取り組む団体は見られず、TPP問題と関係づけられていないように思う、と話してみた。

「実は私は、日本のたばこ産業が政府の独占下にあった頃から注目していて、論文を書いたこともあります。なぜ日本のたばこ産業に注目したかというと、世界の3大たばこ企業は、フィリップ・モリス、ブリティッシュ・アメリカン・タバコ、そして第3番目が日本の専売公社でした。前者の2社についてはすでにさまざまな情報が市民社会側からも出されていたのですが、日本たばこに関しては何の情報もなかった。だから、私は興味を持って調べ始めたのです」

 実際に、インターネットの検索で、マリーさんの名前と「Japan」「tabaco」という文字を入れてみると、たくさんの書類や論文が出てくる。こんなところで日本のたばこ産業の専門家に出会えると思わず、いろいろと教えていただいた。

1985年の日本のたばこ産業の民営化は、『効率的な経営をして、国際的な競争力をつけるため』とされましたが、実際には米国のUSTRによる圧力からでした。しかしフィリップ・モリスという企業は、USTRと最も近しく、影響を与えることのできる大企業です。日本のたばこ産業民営化の背景には米国たばこ産業の思惑があったことは多くの人が知るところでしょう」。


東南アジアたばこ規制連合のTPP交渉官への要請
 マリアさんたちは、TPP交渉の会期中に、11か国の交渉担当官に向けて要請文(写真参照)を提出した。「TPPは参加国の経済成長に寄与するといわれているが、世界保健機構(WHO)による年間1000億ドルのコストを無視している。そのコストとは、たばこに起因する疾病によって、TPP参加国のうちカナダ、米国、オーストラリア、ニュージーランドの4か国の政府に強いられるコストである」というものだ。

 つまりいくらTPPで経済成長しても、たばこ規制を野放しにしていれば、結果的にコストはかかる、という主張だ。彼女たちのように、たばこ規制の問題に長らく取り組んできたNGOにとって、TPPはまさに大企業のためにあるしくみであり、自由貿易がさらに進めば、これまでの国際社会の取り組みは台無しになる、と考えている。
 
すでに国際的には、WHOによる「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」というものが存在する。保健分野における初めての多数国間条約であり、たばこの消費等が健康に及ぼす悪影響から人びとを保護することを目的とし、たばこに関する広告、包装上の表示等の規制とたばこの規制に関する国際協力について定めるものである。2005227日に発効し、締約国は、たばこ消費の削減に向けて、広告・販売への規制、密輸対策が求められる。日本も批准している。TPP参加国では、米国を除くすべての国が批准している。まさに「TPPと国際条約の戦い」だと彼女はいう。

 マリーさんは、38日に行なわれたステークホルダー会議後の記者会見にて、たばこの規制がTPP交渉においてどのように議論されているのか、何らかの措置が講じられるのかを質問した。特に、WHO条約にのっとり、たばこの害悪について人々にとって必要な情報がきちんと伝えられるのか、と。

「交渉官の答えは、TPPはたばこの規制については視野に入れていない、という答えが返ってきました。国内問題だから、というのです。これまでの自由貿易交渉ではいつも、私たちの知らないところで話が進められてきました」という。

 今回の会合には、「ニュージーランド医学生協会」という団体もステークホルダーとして参加しており、「たばこ産業は他のどの企業とも異なる扱いが必要である、パッケージの表示や広告についても、WHO条約のもとでは企業の社会的責任として、異なる扱いが求められるからだ」という発言もした。だがマリアさんの懸念は強い。

「この問題の詳細は『貿易』の交渉官に丸投げされていますが、私たちが伝えたいのは、国際条約を忘れないでほしい、ということです」
 
 たばこのパッケージへの健康被害の表示問題は、すでに米国とオーストラリアの間で争いとなってきた。ここでは詳しく述べないが、日本でさほど注目されていないこの「たばこ規制」問題を、ぜひ皆さんにも知っていただきたい。

 マリーさんたちは今後も、TPP交渉をウォッチしながらたばこ規制を社会的にアピールをしていくつもりである。日本のTPP反対運動でもぜひ仲間をつくって広げてほしい、私たちの仲間は日本にもいるから紹介をする、と数名の医師、薬剤師の名前を次々とあげてくれた。NGO内での意見調整やキャンペーンの方法など、実践的なアイデアもたくさんいただき、本当に勉強になった。たばこ規制に関する国際会議「APACT2013」が、ちょうど今年8月に日本で開催予定だ(http://www.apact.jp/)。マリーさんも来日を予定している。彼女と再会するときには、日本のTPP反対運動にたばこ規制のグループも加わっているように、帰国したらさっそくアプローチをしてみようと思う。

 TPP交渉にてであった国際NGOのつながりは、会議が終わってからも続いていく。

 

TPP交渉ウォッチ vol.3 米国企業とともに知財保護を訴える日本の製薬企業

 第16TPP交渉会合の場に参加している。すでに36日に行なわれたステークホルダー会議については簡単に報告したが、今回はもう少し広く企業側の動きなどを紹介したい。

 東京での「STOP TPP!!官邸前アクション」の際にも何度もふれてきた点だが、TPP交渉の大きな特徴の一つは、このステークホルダー会議にある。未だ交渉内容が明らかにされておらず、かつ交渉の最中である期間中に、「ステークホルダー」と称して米国を中心とする企業や企業連合、商工会議所などがブースを出展したりプレゼンテーションをするということは、これまでの主要な貿易交渉では見られなかった。もちろん、水面下では行なわれてきたはずだが、ここまであからさまにオフィシャルな行事として「商談」を位置づけた貿易交渉はない。WTO交渉でさえこのようなことはない。その意味では、私たちNGO側もステークホルダー会議に出席することで、どのような企業が、何を目的に話をしているのかが、多少ではあるが聴き取ることができる機会でもある。

 まず、36日に行なわれたステークホルダー会議では、ブース出展とプレゼンテーションが行なわれた。その後、38日(金)の夜には各国の交渉担当官とステークホルダーを招いての「TPPレセプション」が開催された。このレセプションの主催者は、なんと在シンガポール米国商工会議所である。協力として、シンガポール・ビジネス連盟、オーストラリア商工会議所、カナダ商工会議所、ニュージーランド商工会議所の名が並ぶ。これがすべてを物語っているのだが、招待状には「すべての交渉国の主要な産業ステークホルダーにお越しいただきたい。ここはTPPによる経済発展のためのネットワークと関係づくりの素晴らしい場となるでしょう」などと書かれている。要は「がんばって商談をまとめてください」といわんばかりなのだ。

TPPレセプション。企業と交渉担当官の交流の場
 そういう背景があるため、この場は私も属するNGOや消費者団体などのステークホルダー中のマイノリティにとっては、きわめて居心地の悪い催しである。むしろ「招かれざる客」といっていいだろう。実際に、私は招待状を受け取り(機械的にすべてのステークホルダーに送付される)、少し締切が過ぎた後に申し込みをしたら、「レセプションは満員です。キャンセルが出たらお知らせします」というそっけない返事がメールで返ってきた。当日まで何の連絡もないので、実際に会場に行ってみると、そこは大きなレセプションホールで、定員などは関係のない広さだった。そして受付は設置されていたがそれほど厳重なものではなく、予約もできていなかった私も知らん顔をして入ることができた。つまり私はNGOだったから拒否されたわけで(事実、申込フォームには企業かNGOかなど記入する欄がある)、これが企業セクターの人間だったらおそらく違う返事が送られてきたに違いない。

 さて、レセプション自体は、きわめてわかりやすい「財界と政府交渉官の出会いの場」であった。互いに名刺交換をしながら様々な会話をする。もちろんこれはきっかけにすぎず、交渉が終わってからあらゆる形でのコミュニケーションは続いているのだと思われる。

米国研究製薬工業協会がTPP交渉官にあてた要請書
 さてもう少し別の角度から企業によるTPP交渉への関与を見ていこう。TPP交渉が始まる当日である34日、「米国研究製薬工業協会: PhRMA」が、TPP交渉の各国交渉担当官あてに、「知的所有権のさらなる強い保護を求める要望書」をリリースした(写真参照)。米国の大手製薬会社にとっては、知的所有権の確保はもっとも重要な課題だ。ここでは「アルツハイマーやパーキンソン病、がんの治療薬開発にとって知財保護は必要」「研究のさらなる発展のためには知財の保護が不可欠」などと書かれている。また「知財は雇用の拡大、世界規模の経済発展、医薬品アクセスのために絶対に必要」とも書かれてあるが、その因果関係がまったく意味不明ではある。なぜ米国を中心とする医薬品会社の知的所有権が強く守られることが、医薬品アクセスに貢献するのか。実際にはその逆である。世界中のエイズ患者がどれほどジェネリック薬に頼って命をつないでいるのか、考えてみればすぐにわかることだ。さらにこの文書では、「韓米FTAでは米国企業の市場が広がった」とまで書いてある。米国研究製薬工業協会の加盟企業は、ファイザーやジョンソン&ジョンソン、グラクソスミスクライン、ブリストル・マイヤーなどの米国多国籍企業だ。しかし日本の私たちがぜひ知らなければいけないのは、加盟企業の中には、エーザイ株式会社や第一三共薬品株式会社などの日本企業も加わっているということだ(在米支社として加盟しているが、加盟企業リストのウェブサイトに飛ぶと日本本社の英語ページへと飛ぶ)。米国研究製薬工業協会の加盟企業リスト⇒ http://www.phrma.org/about/member-companies

 つまり、すでに日本企業は間接的にではあるが、米国企業と一体となり、TPP交渉において各国交渉担当官に、知財の保護、つまり自社の利益を守るように要求しているのである。ご存じの方も多いと思うが、米国では国会議員ですら交渉中のテキストを見ることができないにもかかわらず、「アドバイザー」として約600の企業は、テキストに自由にアクセスできる。当然医薬品企業のうち大手のいくつかは、この600社の中に含まれるので、すでに交渉中のテキストを見ているだろう。あくまで仮定だが、さらにそれが米国研究製薬工業協会の中で日本の医薬品企業の手にもわたっていてもまったくおかしくない。TPPのような秘密裡の交渉においては、テキストを見ること、入手することが「勝者」の証だ。内容を知らずに交渉を自らの有利に運ぶことはできない。日本の財界は実は在米企業を通じて、すでにテキストを手にしているのではないか、という懸念がぬぐえない。日本での大きな反対の声があるにもかかわらず、日本の財界がTPP参加を一心不乱に進めようとする根拠はここにあるのではないだろうか。

 そして重要なことは、TPP交渉では、この知財分野がもっとも難航している交渉分野だということだ。自国の主張をあくまで通そうとする米国と、その他の国が対立している。今回の交渉でも、知財分野の交渉はもっとも多くの日程が割かれ、現在も交渉が進んでいる。何人かの交渉官に尋ねてみても、「知財分野は本当に難儀で頭が痛い」という本音の声を聞くことができた。

 交渉全体の進展や結果は、現時点ではつかみきれないが、ぜひ日本企業と米国企業の「密接な関係」については知っていただきたい。

2013年3月7日木曜日

TPP交渉ウォッチ Vol.2 ステークホルダー会議その1


 34日から開かれているTPP16回交渉会合に参加中だ。日本はまだ参加国ではないため、私自身は米国のNGOパブリックシチズンのメンバーとしての参加である。交渉会合では、公式の交渉会合とは別に、1日だけステークホルダー会議と呼ばれる会議が持たれる。ステークホルダー(利害関係者)には、TPP交渉によって何らかの利益を得る人たちと、逆に懸念や悪影響をもたらされる人たちの両方が本来含まれる。ステークホルダー会議では、それらの人びとが自らの関心事項や訴えたい内容を、各国の交渉担当官にプレゼンテーションしたり、それぞれと関係をつくり日常的なロビイングのルートをつくるための場だ。NGO側としては、当然、様々な面での悪影響が心配されるTPPの内容について、市民社会からのアピールをする場となる。

 交渉会合については、さまざまな情報が飛びかっていることもあり、後日まとまった報告をする予定だが、まずは速報的にいくつかの情報を発信したい。

 今回のシンガポールの交渉会合では、約300のステークホルダーが参加。その内訳は、8割が企業、特にナイキやタイムワーナー、グーグル、カーギルなど米国の大企業だ。「TPPを推進する米国企業連合」も1団体として登録していた。また現地シンガポールの縫製・アパレル企業なども参加。これらのステークホルダーは、いうまでもなくTPPによってもたらされる企業の利益を双方にアピールしあい、会合の間の自由な時間を使って、さらに詳細な会話をする。

 ステークホルダー会議の構造は、以下の2種類となっている。

リスト1 
 まず、11:0014:00までの間に、広いレセプションルームにて行なわれる「テーブル(ブース)出展」だ。ここには約67団体・企業が登録していた(リスト1参照)。机1台分ほどのスペースが割り当てられ、上記の時間の間、交渉官やステークホルダーは自由に立ち寄り、会話ができる。どのブースも活動案内やTPPに関する自らのスタンスなどが書かれた書類やパンフレットを並べ、やってくる人たちへアピールをする。言ってみれば関係づくりの最初の一歩である。

 もう一つは、「プレゼンテーション」だ。同じく11:0014:00までの間、50人ほどが入る4つの部屋で、各団体・企業が15分ずつの時間を割り当てられ、プレゼンテーションを行う。プレゼンを行ったのは42団体・企業(リスト2参照)。やはり企業がほとんどである。


リスト2
 私はいくつかの企業のプレゼンテーションに参加した。例えばタイム・ワーナー(ディズニーの商品を開発・販売する)社のプレゼンテーションでは、15分の発表時間の7分ほど、ビデオを見せられた。その内容は、ディズニーが世界
各地の人びとに与える楽しい夢や、充実したコンテンツなどがいかに素晴らしいものか、に終始しており、驚くべき内容だった。また知的所有権の保護についてもアピールされていた。もちろん、15分という未時間時間でのプレゼンテーションなので、この場はきっかけにすぎない。プレゼン後、彼らはさまざまな人たちと名刺交換をし、さらに詳しい話を非公式にしていく。まさに商談である。
 また米国の「自動車産業とTPP」というプレゼンテーションでは、フォード社のメンバーがプレゼンを行った。まだ日本は参加国ではないにもかかわらず、日本のトヨタ、ホンダなどの社名が具体的にあげられ、米国の自動車産業は「日本問題」をクリアすれば発展をしていく、という内容が語られた。これはまさしく、日本が参加するための条件として米国がいう「自動車問題」をクリアするという意図を表す重要な根拠であるといえる。

 一方、NGO側も負けてはいない。

 マレーシアのエイズ患者支援団体は、知的所有権が大企業に有利に伸ばされることでジェネリック薬が患者に届かなくなるという内容を発表した。またTWN(第三世界ネットワーク)は、労働や環境分野におけるTPPの危険性をアピール。交渉参加国はどこも、TPPが自国の国民にどれほどの悪影響を及ぼすのか、ということについて十分に想定できていない。当初は、これらNGO側の懸念にどこまで各国の交渉官が関心を持つのだろうか、と疑問だったが、実際には思った以上の関心が寄せられていたように感じる。これらNGOの主張は別途紹介したいと思う。

 14:00に終了した後、各国の交渉官によるステークホルダーへの記者会見が行なわれた。記者会見といっているが、要するにステークホルダーからの質疑に答える場である。この内容は別途お伝えしたい。


2013年3月1日金曜日

TPP交渉ウォッチ Vol.1 米国企業の名がズラリ! ステークホルダー会議参加リストが明らかに


 34日からシンガポールで開催される第16TPP交渉。日本国内では日米首脳会談後、日本の参加表明問題で大揺れだ。しかし国内の状況は実はTPP交渉そのものにはあまり大きな影響は与えていない、というのが私の見方だ。なぜならば、日米首脳会談は、単に両国の首脳がTPPに関して話をしただけであり、それがただちに日本の参加を保証するものではないからだ。また国内ではマスメディアがこぞって「TPP交渉 参加へ」などと書き立て、それが規制事実のように語られている。その根拠とされているのが日米TPP共同宣言なるものだが、これ自体も国際的には大したインパクトを与えていない。
 
 どの国にも「守りたい領域、分野、品目」があるのは当たり前の話で、それを交渉の中でかけひきによって決めていくことも当たり前のルールだ。TPPはもともと「聖域」については除外しておらず、だからこそ、現在のTPP交渉の中で米国やカナダ、オーストラリアなどの国の間で関税問題でもめている。ただそれだけの話である。むしろ、「牛肉と自動車」という特定分野にふれ、その内容に関する事前の作業を完了させる、という点が大問題。牛肉と自動車というのは、言うまでもなく米国が日本の市場をねらっている分野(牛肉)と、日本から入ってきてもらっては困る分野(自動車)である。つまりどちらも米国にとってのセンシティブ品目だ。これだけを作業完了するということは、つまり「米国の意向を十分に反映させた上でTPPに入る」といっているに等しい。もし対等な、「共同声明」だというのなら、日本のセンシティブ品門である米や乳製品について、なぜ同じように盛り込まないのか。要はこれは「日米共同宣言」などという美しい内容ではなく、その本質は「日本を米国に売り渡す宣言」なのである。少なくともその2品目については。

 これをもって、「聖域ありと確認」と喧伝するマスコミの暴挙というしかない醜態は、どうしても指摘しておかねばならない。牛肉・自動車で米国の都合に合わせるという内容の宣言を、「聖域なき関税撤廃ではない」とわざと無関係や文脈に読み替え、発信を繰り返している。決してこのような大嘘に騙されてはいけない。こうした茶番は他のTPP交渉参加国にとってはあまりに滑稽で無意味なものに見えるだろうと私は思う。


 さて、TPP交渉である。私は5日~12日までシンガポール交渉の場に参加する。長年協力関係を築いてきた米国のNGOパブリックシチズンの助力を得て、ステークホルダー会議への参加もできることとなった。

 現地からもできるだけ交渉の過程や市民社会の動きを発信していきたいが、まずはその一回目として、「ステークホルダー会議」についてご紹介する。


米国でのUSTRと市民社会の代表とのステークホルダー会議

 まず、TPPに限らず国際会議や協定の交渉の場面では、さまざまな利害関係者(ステークホルダー)を登録させ、ある一定の条件内での会議参加が許される。これ自体は市民社会の運動の成果でもある。もちろんTPPの場合は、各国の交渉官がテキスト(条文)については交渉する最も重要な会議にはステークホルダーは入ることはできない。すべてが密室で、行なわれているわけだ。しかし、TPP交渉の場合、会期中、最低1日はステークホルダー会議に充てられている。交渉会議自体が行なわれるのと同じ超高級ホテルにおいて、数十のステークホルダーがプレゼンテーションをしたり、個別に各国交渉官とコンタクトをとったりという日だ。今回の交渉の場合は、36日(水)がその日に設定されている。「ステークホルダー」とは具体的にどのような団体、人たちのことを指すのだろうか、あるいはどんな団体、人が登録しているのか。

 本日、シンガポールのTPP交渉担当部局から、今回のステークホルダー参加者リストが届いた。下記である(名前の後ろの番号は登録NOであまり意味はない)。

★第16回 TPP交渉 ステークホルダー会議 参加リスト(228日時点)

Textile and Fashion Federation Singapore (TaFf) 1
U.S. Association of Importers of Textiles and Apparel 2
National Council of Textile Organizations 3
Bodynits International Ptd Ltd 4
Ghim Li Global Pte Ltd 5
Nike Inc 6
SL Ponie Pte Ltd 7
Tung Mung International Pte Ltd 8
Adidas 9
Hung Yen K&D co. ltd - Carvico Group 10
US-ASEAN Business Council, Inc. 11
American Chamber of Commerce in Singapore 12
US Chamber of Commerce 13
TPP Apparel Coalition 14
Rubber and Plastic Footwear Manufacturers Association 15
U.S. Business Coalition for TPP 16
CropLife America 17
Biotechnology Industry Organization 18
PhRMA 19
Personal Care Products Council 20
USDEC/NMPF 21
Canadian Agri-food Trade Alliance 22
CONCAMIN 23
Mexican Footwear Chamber (CICEG) 24
Camara Nacional de Industriales de la Leche (CANILEC) 25
Olivares & CIA. in representation of AMIIF 26
Entertainment Software Association 27
Malaysian Organisation of Pharmaceutical Industries (MOPI) 28
ANAFAM 29
University of Auckland 30
New Zealand Medical Students' Association 31
Harrison Institute 32
Bryan Cave International Consulting (Asia Pacific) Pte Ltd 33
Cargill 34
General Electric International Inc. 35
Google 36
Platts (a division of The McGraw-Hill Companies) 37
Actavis, Inc. 38
FedEx Express 39
MFJ International 40
Mylan Inc. 41
NAvistar 42
Salesforce.com 43
Time Warner 44
Visa 45
Ford Motor Company 46
GS1 Singapore Limited 47
Campaign For Tobacco-Free Kids 48
Knowledge Ecology International 49
Oxfam 50
Public Citizen 51
Australian Fair Trade and Investment Network 52
ONG Derechos Digitales 53
Consumers International 54
FTA watch 55
Malaysian AIDS Council 56
Malaysian Women Action for Tobacco Control & Health 57
Southeast Asia Tobacco Control Alliance 58
Third World Network 59
Red Peruana por una Globalizacion con Equidad - RedGE 60
Wildlife Conservation Society 61
TRAFFIC Southeast Asia 62
Dairy Farmers of Canada 63
ITUC - Asia Pacific 64
MTUC 65
TFCTN, S Rajaratnam School of International
 
 これを見て、驚く方が多いだろう。先ほど私は「市民社会の力」でステークホルダー会議が実現できてきた、と書いたが、その話と上記のリストはあまりにも差がある。つまりほとんどが米国の大企業ないしは企業連合組織であり、いわゆるNGOや労働組合など本来の市民社会の声を代表する勢力はほんの一握りだ。

 ニュージーランドのジェーンケルシーさんはオークランド大学として登録し、パブリックシチズンも登録、アジアのNGOとしてはThird World Networkなども名を連ねており、心強い限りだが、それでも全体の中では少数だ。

 実はTPP交渉の特異性はこのステークホルダー会議に表れている。WTO交渉のときでさえ、ここまであからさまに企業・企業連合が大挙してステークホルダーとして登録され、交渉会議が行なわれているのと同じホテルにおいて、いってみれば「企業のプレゼン、つまり営業や商談」をするなどということはなかった。例えば、フェデックスやカーギル、VISAGEなどの米国企業は、シンガポールやベトナム、マレーシアなどの交渉官に、こんなことをいうのだろう。「TPP交渉がまとまって発効すれば、これからはあなたの国にこれだけの安くてよい製品を輸出しますよ」「あなたの国にもっともっと投資しますよ」と。

 交渉もまとまっていない、そのプロセスもまったく秘密裡にされているにもかかわらず、大企業と各国政府の間で商談がなされ、流れがつくられているのだとしたら、それはまさに、「大企業の、しかも米国の大企業のためのTPP」ということの証明だ。

 私はこの目で、上記のリストに載っているような企業のプレゼンや陰に陽に行なわれる個別の会話や「商談」を、できる限りこの目と耳でつかんでこようと思っている。そしてもちろん、市民社会を代表するステークホルダーたちが、各国交渉官に直接、アピールできるという機会は重要である。TPPがカヴァーする多くの分野で想定される懸念や、各国の人々の実感、反対運動なども伝えていくことが大事だ。私も国際的なつながりを生かし、仲間たちとともにその一翼が担えればいいと願っている。

 日本にも強く発信していくので、ぜひ交渉期間・その後にフォローをしていただきたい。