2017年8月21日月曜日

インタビュー/RCEPの現状―インド・ハイデラバード会合を受けて

2017年7月下旬にインド・ハイデラバードで開催されたRCEP交渉会合に、国際NGOの一員として参加してきました。下記は、『連合通信』に掲載いただいたインタビューを同紙に転載許可をいただいたものです。


◆170819・〈インタビュー/RCEPの現状〉
交渉は行き詰まっている
アジア太平洋資料センター 内田聖子代表理事

 「TPP(環太平洋経済連携協定)がダメならRCEP(東アジア地域包括的経済連携)だ」といわれてきた。日本を含む大型の自由貿易協定だが、交渉の内容が報道されることはあまりない。7月の第19回交渉会合に合わせてインドを訪問した、NPO法人・アジア太平洋資料センター(PARC)の内田聖子代表理事に現状を聞いた。

●RCEPは今、どんな段階にあるのですか?

 16交渉分野のうち、合意できたのは2分野だけ。今年は神戸(2月)、フィリピン(5月)、インド(7月)と交渉会合を重ねていますが、膠着(こうちゃく)状態にあります。
 当初は2015年末の妥結を目指したものの、まとまらず、17年末の目標も絶望的です。来年前半までには妥結したいといいますが、さてどうでしょうか。

●なぜ、交渉がまとまらないのですか?

 原因の一つは関税問題です。インドと中国、特にインドは農産物で平均33%もの高い関税を課しています。ですから、高水準の自由化を目指すRCEPには簡単に乗れない。インドが懸念するのは、先進国からの圧力だけでなく、関税引き下げによって中国から農産物や工業製品・資材が大量に流入することです。
 もう一つの要因は、サービス分野でインドと他国との合意が難しいことです。インドはIT産業が盛んで、技術者も多い。政府としてはこのIT技術者を労働力として海外に出したい。国境を越えた技術者の移動の自由を要求しています。ところが、他の多くの国はビザ取得などで高いハードルを設けており、困難に直面しています。
 3番目が知的財産権をめぐる問題です。リーク文書によれば、日本や韓国は知的財産権保護を強めるTPP水準の規定を求めていますが、インドとASEAN(東南アジア諸国連合)はこれに反発しています。
 焦点は医薬品の特許問題。TPP並みに特許期間を長くすれば、安いジェネリック薬品がつくりにくくなるため、エイズ患者や国境なき医師団、タイやマレーシアの市民グループは日本に対して怒りと不信を表明しています。背後にいる日本の製薬企業も批判の対象になっていました。
 4番目がISDS条項の扱いです。多国籍企業と進出先の国との紛争を解決するシステムですが、インドとインドネシアはこれに批判的です。インドは個別の協定で既に欧州の企業から二十数回も訴えられていて、もうこりごりなのだといわれます。例外の多い緩やかな紛争解決システムを提案していますが、日本とニュージーランドが「受け入れられない」と反対しています。

〈用語解説〉RCEP

 アジア・太平洋地域の16カ国が参加する包括的な経済連携協定。ASEANが提唱し、2012年11月に交渉がスタート。実現すれば、人口34億人(世界の半分)、国内総生産(GDP)20兆ドル(世界全体の約3割)を占める広域経済圏が誕生するといわれています。TPPと同様、物品貿易やサービス貿易、投資などの自由化を目指していますが、RCEP交渉には米国が参加していません。


●どの国がRCEP交渉を引っ張っているのですか?メディアでは中国だといわれていますが。

 「TPPは米国主導。RCEPは中国主導」といわれますが、そんな単純な話ではありません。今までのところ、中国がけん引している気配は感じません。インドが重要な存在であり、けん引という点ではむしろ日本だと思います。
 確かに中国は「一帯一路」政策(※)の中にRCEPを位置付けており、積極的になってきた側面はあるでしょう。例えば、電子商取引の分野です。中国でネット通販などを手がける大手のアリババは人工知能(AI)や、インターネットを介したクラウドシステムの開発にも力を入れています。一方で、中国には多くの規制が存在し、中央と地方でルールが違うという国内事情もあります。国有企業をどうするかも不明で、これが弱み。一気に是正するのは困難で、中国が交渉をリードしているとはいえません。

●16カ国の力関係はどうなっているのですか?

 ASEAN諸国はおおむね結束しています。この地域の平和と安定を守ろうという共通の意思があります。
 TPP交渉に参加していた日本、オーストラリア、ニュージーランドの3カ国と、韓米FTA(自由貿易協定)を持つ韓国の合計4国は「有害グループ」。問題の多いTPPなどの水準をRCEPに持ち込んできた国々です。
 その他に、インド、中国という大国があり、四つの大きな塊があると見ています。特にインドがいろんな意味でキャスチングボートを握っています。

●日本はどう関わるべきでしょうか?

 まず、途上国から最も忌み嫌われている国が日本なのだという事実を直視することです。TPPの時には「(農産物関税などで)米国から攻められる日本」でした。でも、RCEPでは日本の食の安全・安心や農業がダメージを受けるとは必ずしも指摘しにくい。逆に「アジア諸国を攻める日本」になっているのが実態です。日本は途上国の市民社会から批判されており、そのことを私たちは考える必要があるでしょう。
 国連が定めた「持続可能な開発目標(SDGs)」に照らして考えてみたい。医薬品へのアクセス、水、教育、そして持続可能な開発。これらを広く保障していこうという国連の取り組みです。日本は先進国としてそれを支援していく責任があります。
 今の日本のやり方はTPPルールの押し付けであり、国連の開発目標と矛盾するのではないでしょうか。
 RCEPについて考えるとき、日本はアジア太平洋を平和で安定的な地域にする方向で、どんな貿易ルールがいいのかを提案していくべきです。政策を担当する人たちやメディアの人々を含めて、考えてほしいと思います。

〈用語解説〉一帯一路

 中国の習近平国家主席が2013年に提唱した経済圏構想。一帯は中国西部から中央アジアを経由してヨーロッパにつながる「シルクロード経済ベルト」。一路は中国沿岸部から東南アジアやインド、アフリカ東岸を結ぶ「21世紀海上シルクロード」を指します。関係国に対し、インフラ投資や融資を行い、市場拡大を図るのが目的といわれます。

「連合通信・隔日版」

0 件のコメント:

コメントを投稿